2011年05月21日

東日本大震災その後パート2:地震のショックで旦那が急性ストレス障害、4泊5日の強行日程でイギリスまでマイロ君を迎えにいく羽目に、、

2011年3月に渡英したときのマイロ君もう、5月だなあああ、、、。それにしても、金曜日に自宅に戻ったのは午前0時をまわっていた、、会社は本当に私に一歳の息子がいるってことを覚えてるんだろうか???

、、ところで前回の続きだが、その後更にとんでもないことに、、たらーっ(汗)

「大丈夫exclamation」と言って渡英したはずの旦那が、事故が原因でひどい鬱状態になった後、さらに地震+原発騒動で急性ストレス障害からPTSD(Post-traumatic stress disorder(外的心傷後ストレス障害))になってしまい、パニック障害まで併発し、とても1人でマイロ君の面倒を看れるような状態ではなくなってしまった、、もうやだ〜(悲しい顔)
(ちなみに右写真は渡英直後に旦那が送ってきてくれたマイロ君の写真)

渡英直後、まず義兄から電話がかかってきて「なんで、あんなひどい精神状態で一人で帰国させたんだ!上司に言って一週間くらい休みとって一緒に来れなかったのか!?」とおしかりをうける、、。

イギリス人の義兄は、長年、日本の証券会社と協業していたりするので日系企業の体質に関しては特異だということは十分知っていた。
なので「原発の一件で特に東京に避難勧告が出されてないので、当然私の会社みたいな中小企業だと1日でも営業停止するのは痛手なので、業務続行するのは理解できるでしょ?それに、今、私がメインのプロジェクトを2つ抱えていて、しかも人手不足で誰も代行できない、、。今、彼が働けない状態でイギリスに帰っちゃた以上、私が稼がないとこれから家族が暮らしていけない。その上、購入した自宅のローンの締結が明日なんだよ。こんな状態だったら、どう考えても、私までが今、日本を離れちゃったらまずいでしょ??」と必死に弁明、、。
知り合いの外国人の友人の多くが、妻子を西日本や母国にとりあえず避難させたのと、まさに逆バージョンだ、、ふらふら

その後、義兄からは理解を得たもの、義兄も義姉も働いてるので、日中うちの旦那以外にマイロ君の面倒が看れないので、電話での家族会議で「こりゃあ、なんとかしないとダメだ、、たらーっ(汗)」と言う結論に至った。
日本を出国したときは、それほど重症だとわからなかったのだが、イギリスに帰国後、緊張の糸が切れたようになってしまったらしく、義姉曰く「髪はボサボサ、顔はげっそりやつれて、空港で会ったときはいきなり号泣するし、そのあとも感情の浮き沈みがとても激しく、突然動けなくなったりして、正直、この先彼がどうなってしまうのか怖い。」と言われたほどだった。

しかも、帰国後一週間経って、旦那から直接「自分でマイロをイギリスに連れて帰ったのに、自分勝手だと思われるかも知れないけど、助けてほしい、、マイロを迎えに来て欲しい。これ以上マイロの面倒を一人で看られないもうやだ〜(悲しい顔)」と懇願される、、。

正直、最初は心の底から怒りが涌いて来た、、「いっくら、欝がひどくなったからって、お前が連れてったんだろう??パンチ面倒看れないから、イギリスまで迎えに来て日本に連れて帰ってくれって、そんなムシのいい話、どの面下げて言えるんだ???私がどれだけあなたとマイロのために今ここで頑張ってるか、本当にわかってる??むかっ(怒り)爆弾

、、それでも、一生懸命自分に言い聞かせた。「普通の状態じゃない、この人は病気だ」と。

仕事を休んで、マイロ君を迎えに行くなら今しかない!4月の上旬じゃないと、5月の展示会の準備に支障がでるので、即刻チケットをとって4月3日には日本に帰らないとダメだ、、、そう覚悟を決めたのが3月28日だった。

それから慌てて、上司にメールを打ち、翌日直接事情を話した。上司は了解してくれたものの、内容が内容だけに内心、唖然としたのではないか?
正直、自身や家族がなんらかの精神疾患を煩ってない限り、理解するのはとても難しいと思う、、。
(上司にしても、そもそも今年はじめに、「子供がまだ小さくてとても2つ、3つ同時に自分がメインのプロジェクトを抱えられません!誰か他の人に担当を変わってもらってください!!」と直談判したにも関わらず、人手不足で代わりの人を見つけられなかったことに多少の負い目もあったんではないだろうか??)

そして3月29日の夜、仕事が終わったあと、成田空港に向かい、空港近くのホテルに一泊して、翌朝イギリスへ旅立った。ほとんど着の身着のままで、荷物は手荷物のリュック一つだ。
片道12時間のフライトでしかも時差が9時間、、4泊5日とはビジネストリップ並みのハードさだ。しかも、復路はたった一人でマイロ君を連れ帰らなければいけない、、。
でも、こんな事態になってしまった以上、もうやるしかない、、たらーっ(汗)

ヒースロー空港に到着すると、義姉が運転する車で、旦那とマイロ君が迎えに来てくれていた。心身ともに消耗していた旦那はもちろんのこと、義姉も私がなんとか時間を作ってイギリスまで来たことをとてもよろこんでくれた。

イギリスに出発する前に義姉とは電話で旦那の病状について話して、今後どうするか治療方針も決めていたので、私が滞在中にプライベートのメンタルクリニックにカウンセリングに行くことになった。
イギリスの場合、基本的に医療費は無料だが、今回のように緊急の場合、ナショナル・ヘルス・ケアでカバーされる病院だといつ順番が回ってくるかわからないので、義兄の自宅近くのプライベートのクリニックに通院することに決めた。
あとで、わかったことだが、このクリニック、イギリスではセレブが通う超高級クリニックで、入院費も1日日本円にして48,000円と聞き、思わずのけぞったたらーっ(汗)
本当は、入院しての治療を希望していたが、今の我が家の経済事情で、とてもそんな大金は払えないので、外来で週に何回か治療することになった。
初回のカウンセリングは1時間以上に及び、日本での生活、私と旦那がどこでいつ知り合って、今までどんな関係を築いてきたか、家族構成、育った背景、仕事の状況等根掘り葉掘り聞かれた。そしてもちろん、昨年の脳挫傷と鎖骨骨折を負った大事故の話や、東日本大震災の話も、、。
実は、イギリス本国で東日本大震災と原発事故の報道が大々的に報道されたのは最初の一週間くらいで、旦那もその後、日本が今、どんな状態になっているのかつかみ難い状況だったようだ。

診断の結果、一つの要因ではなく、もともと持病で遺伝的要素もあったパニック障害、昨年の事故の後遺症のひとつである欝、地震のショックで発症した急性ストレス障害が不幸にも併発してしまった状態だった。
そして、旦那だけもう1ヶ月イギリスに留まり、薬とカウンセリングの併用で治療を続けることになった。そして、さすがセレブ御用達のクリニック、、その後旦那が東京に戻るときにも、東京で欝やパニック障害の継続治療のための行動認知療法が英語で受けられる機関を紹介してくれた。
その後、しばらくの間、薬の副作用によるめまいや気分的な不安定さに苦しんだものの、旦那にとっては母国で母国語でのカウンセリングはかなり良かったらしく、毎日せっせとカウンセリングの先生から出された宿題のレポートを作成し続けていた。
カウンセリングに行くと、毎回お題がでるらしく、例えば「子供のとき、お父さんに言われたことで、どういうことが、どんな風に自分に影響を与えたか?」とか「今後3年以内に実現したい生活のビジョンを書いてみて」とかいうものらしい。

実は、今年24歳になる甥のジェレミーも3年前にひどい欝症状になり大学を1年休学したそうで、同じクリニックに通い、治療して、ちゃんと復学して大学を卒業し、今はテットベリーにある音楽スタジオで働いている。小さいときからジェレミーは父である義兄よりも、叔父であるうちの旦那に面差しも性格も似ていると言われ、今回同じような精神疾患を発症したこともあり、週末になると訪ねてきてくれて、本当によくうちの旦那を看護してくれたようだ。

多くの在日外国人の家族が、「危険だから即刻日本から出国して!」と半ば半狂乱になって懇願する中で、旦那の家族は超冷静に私達一家がどうしたら今後も日本で幸せに暮らせるかを考えてくれたことに本当に感謝したい。
結局、うちの旦那は4月29日に無事日本に戻ったのだが、イギリス滞在中に、義兄一家と協力してどうしたら日本でもとの生活をとりもどせるかを話合い、解決方法を探らなければ、私一人では到底対処できなかっただろう、、。
日本に一人でいる私を心配してときどき電話をくれたり、旦那にいい病院とカウンセラーを探してくれた義兄、旦那の精神的支えになり、可能な限りマイロ君の面倒を看てくれた義姉(彼女は旦那がきちんと治療できない状態で日本に帰った場合、私に相当負担がかかるのではないかとかなり心配してくれた)、仕事先から何度も自宅に戻り旦那を励ましてくれた姪と甥には本当に感謝したい。
お父さんとお母さんは早くに亡くなってしまったけど、旦那は本当にあったかい家族をもっていると思う。

折りしも、私が渡英した3月末は義兄の自宅の広い庭いっぱいに様々な種類の水仙が咲き誇っていてとてもきれいだった。義兄の自宅は本当に素晴らしく、ロンドンのウォータールーから快速でわずかに20分であるにも関わらず400年前の農家をリフォームした敷地内には牧場や散策できる森があり、3月に水仙の咲く庭に5月にはブルーベルが咲き、庭中が真っ青になる。

突然連れて行かれたマイロ君も、私が渡英したころにはすっかり環境に慣れ、毎日楽しく庭に出て遊んでいた。
私にとって今回の4泊5日とは、あまりにも短い滞在だった。はじめは「なんでよりによってこんな忙しいときにイギリス行かなくちゃいけないんだ??」と思っていたけれど、実際行ってしまえば、「もっと長くいたいなあ、、。」と心の底から思ってしまった。
4泊5日で帰ってこなければならないのが、とても残念だった、、。もうやだ〜(悲しい顔)

今は仕事が落ち着いたら、年内にもう一回行けたらいいなと思う、、。

水仙の咲いた庭で遊ぶマイロ君
水仙の咲いた庭で遊ぶマイロ君


義兄の自宅前の庭水仙の咲き誇る3月末の義兄の自宅の庭。この後、5月にはブルーベルが咲き、庭一面に青い絨毯をしきつめたみたいになる。
posted by ゆっきょ at 01:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 国際結婚の日常
この記事へのコメント
ゆっきょさん、家族また一緒になれたのですね、よかった!人事ながら状況も自分と似ている部分もあるし、勝手に心配していました…。放射能汚染についてはまだ未知数だし、まだまだ母親としてお互いいろいろと大変だと思いますが、ほどほどにがんばりましょうね!

そして関係ないけどマイロ君超プリティ♪こんな素敵な庭は都内では厳しいですが、御苑や代々公、昭和記念公園で散策を楽しみましょう!またブログのアップデート楽しみにしています!
Posted by あってぃ at 2011年05月22日 15:34
あってぃいさん、またまたコメントありがとうございます。お子さんや旦那さんは東京に戻っていかがですか?

うちは、そうなんです。ようやく家族揃って新しい家に落ち着きました。
実はまだまだもう一波乱あったんですよ。近いうちにアップします。うちの息子は最近早くも反抗期みたいで、悪魔の申し子みたいなときがありますよ、、。
Posted by ゆっきょ at 2011年05月23日 23:58
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